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2017年8月13日日曜日

東芝の監査報告書「速報(その4)最終回」

 最後に内部統制監査の報告書を見てみましょう。財務諸表監査の監査対象は言うまでもなく財務諸表という情報です。それが適正かどうかを監査法人が監査します。一方、内部統制監査の場合、会社の内部統制の有効かどうかが監査の対象と思っている方も多いと思います。
 そうではありません。内部統制監査は、会社が作成した内部統制報告書が監査の対象になっています。その内部統制報告書が適正に作成されているかを監査するのが監査法人の仕事になります。そのため、PwCあらた監査法人による監査意見は、次のように記載されています。

「不適正意見
 当監査法人は、株式会社東芝が2017年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は有効であると表示した上記の内部統制報告書が、「不適正意見の根拠」に記載した事項の内部統制報告書に及ぼす影響の重要性に鑑み、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価結果について、適正に表示していないものと認める。」

 すなわち、「内部統制報告書が適正に表示されていない」が監査の結論です。内部統制が有効でない」ではありません。会社は「内部統制は有効」と報告しているが、その記載内容が不適正という書き方になっています。
 財務諸表監査は「限定付き適正」でしたが、内部統制監査では「不適正」です。「その2」でお話したように、「影響が重要かつ広範」な場合は不適正で、「重要だが広範でない」時は限定付き適正意見となります。
 一方、内部統制監査では、基本的に「限定付き適正意見」はありません。制度としてはありうることになっていますが、少なくとも私は見たことがありません。会社が内部統制報告書に記載する結論は、内部統制が有効か有効でないかの2択です。監査報告書では、それがいいか悪いかを記載することになるので、適正と不適正しかありません。この結論以外のところで記載が間違っていたりすることもありうるので、その場合は「限定付き適正意見」になります。
 会社が内部統制報告書を作成するときは、監査法人に相談しますので、結論以外のところにわざわざ意見の相違を残したまま、内部統制報告書を公表して「限定付き適正意見」をもらうような会社はないと言っても良いと思います。筆者は、この制度設計の段階で限定付き適正意見はない、と考えていましたが、それがあるという結果になったので、驚いたことを記憶しています。
 「その1」の冒頭に内部統制監査報告書で「不適正意見」は非常に珍しい、と書きましたが、なぜでしょうか。それは、会社が内部統制報告書を作成するときに、監査法人からの意見を求めるからです。監査法人と会社の見解が相違する、すなわち内部統制が有効か有効でないかの意見が異なる状況で報告書を作成するか、監査法人と同じ意見にするかについて、会社は選択できます。
 監査法人が「有効でない」とする結論の場合には、当然ながらそれなりの根拠があるのですから、会社も「有効でない」と報告するのが普通です。会社は、それを無視して「有効」と報告することもできます。これが「会社が選択できる」という意味です。会社が作成する報告書ですので、会社の意思で結論を決めることができます。ただし、報告書作成時点では、監査法人の結論がわかっているのです。
 東芝の場合、会社の報告書で「有効でない」と結論づけたら、どうなるでしょうか。監査法人の監査意見は、「適正」です。こんな簡単なことを、東芝はやらなかったということです。ほとんどの会社は、監査人が「有効でない」と結論づけた場合には、それに従って報告書に「有効でない」と記載します。
 その結果、内部統制監査報告書では「不適正」は非常に珍しいということになります。実は、東芝は、同様の事態を2016年3月期に経験しています。このときは新日本監査法人が監査人でした。監査報告書には次のように記載されています。

「監査意見 
当監査法人は、株式会社東芝が2016年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は開示すべき重要な不備があるため有効でないと表示した上記の内部統制報告書が、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価結果について、すべての重要な点において適正に表示しているものと認める。」

 このときは、会社は内部統制が「有効でない」と報告したので、それが「適正」だと監査法人が報告しています。2017年3月期では、東芝は、なぜ「有効でない」にしなかったのでしょうか。
 2016年3月期の財務諸表監査では、新日本監査法人は適正意見を出している点が、2017年3月期と異なります。これが理由でしょうか。実はそうだったのです。2016年3月期において内部統制が有効でないとされた原因は、5月に行った決算発表(決算短信)に誤りがあり、それを監査法人から指摘され、最終的な決算ではそれを修正した経緯があります。
 決算において、重要な記載誤りをし、それを自社が発見できなかったということは内部統制の問題となります。このため、東芝は素直に(だったかどうか分かりませんが、、)これを認め、「内部統制は有効でない」と報告しました。
 2016年3月期の場合は、監査法人が「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」決算が間違っていると言っているのに、東芝はそれを修正しないままで公表してしまっています。
 このような状況で、東芝が「内部統制は有効でない」としたとしたら、間違った決算をしたことを認めることになります。東芝は間違っていないと考えるため、連結財務諸表を修正しないで公表しているわけですから、東芝の立場からは「内部統制は有効」なのです。
 以上の結果、財務諸表監査で「限定付き適正意見」であることが、内部統制監査で「不適正」となったことと密接に関連していたことが分かりました。東芝としては、筋を通したということが言えます。

 ただし、監査法人による「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」の指摘は尋常な状況ではありません。東芝としては、上場廃止を免れるかどうかの瀬戸際であるとしても、監査法人の意見を無視した、いわば横柄な態度は、経団連会長や副会長と輩出してきた日本を代表する企業とは思えません。野球やサッカーでは、審判に逆らったら退場です。東芝による決算を修正しない姿勢は、まさにこれに当たると思います。

2017年8月12日土曜日

東芝の監査報告書「速報(その3)」

  東芝の監査報告書は、読んでみると色々勉強になります。東芝のプレスリリースや有報だけでなく、それ以外の情報がマスコミ報道される状況は、まさに「東芝劇場」と言えると思います。

 それでは、監査報告書「速報その3」です。今回は、内部統制監査にしようかと思いましたが、強調事項にも色々と記述されていますので、今回はこれを見ておきましょう。
 監査報告書の<財務諸表監査>には、強調事項に該当する事項があれば記載することになっています。これは監査意見とは別に、財務諸表の読者に対して注意喚起する目的で記載されます。これがあるから、監査意見が「限定付き適正意見」になったということではありません。全部で4項目記載されています。

1. 継続企業の前提の注記
 事業継続に重大な懸念があるときに記載される事項です。英語では「ゴーイングコンサーン」呼ばれます。財務諸表にこの注記が記載されており、監査報告書ではこのような注記が記載されていますよ、ということが記述されています。
 会社自らが事業の継続が危ぶまれるというようなことを公表するというのは、ちょっと変です。これは普通、監査法人から書きなさいと言われて注記として記載することになります。財務諸表の注記なので、「会計基準」のはずですが「監査基準」に規定されているという風変わりなものです。
 東芝の場合は、債務超過になったことと、財務制限事項に抵触したことなどがその理由になっています。なお、この注記はこの期末から記載されたのではなく、監査法人が「結論不表明」とした第3四半期から記載されています。そのためか、あまり話題になっていません。普通は、大企業の場合、この注記がついただけで、新聞記事になります。

2. ウェスチングハウスの破綻
 ウェスチングハウスとその関係会社が、2017年3月29日に米国連邦倒産法第11章に基づく再生手続を申し立てたので、東芝の連結から除外されたことが記載されています。これにより、ウェスチングハウスとその関係会社は、非継続事業として区分表示されていることが注意喚起されています。(前期の連結財務諸表も非継続事業に組み替えられています。)

3. 後発事象(担保差し入れ)
  決算日以降に、銀行借り入れに対して、不動産と所有株式を担保に差し入れたことが記載されています。

. 4. 後発事象(子会社の上場)
         売却交渉か上場か、どちらにするかということで報道されていたことはご存知の方も多いと思います。スマートメーターのランディス・ギア・グループをスイスで上場させたので、その時に同社の株式を売却したことが記載されています。これも、上記3.の担保差し入れと同じように、期末以降に起こった事項で、次期の財務諸表に重要な影響を与える事項が、後発事象として財務諸表注記されているので、それ注意喚起するのが目的です。

2017年8月11日金曜日

東芝の監査報告書「速報(その2)」

 「速報(その1)」でお話ししたように、昨日提出された東芝の監査報告書では下記の部分がキモになります。

「会社は、2016331日現在の工事損失引当金の暫的な見積りに、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用していなかった。会社が、工事損失引当金について、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用して適時かつ適切な見積りを行っていたとすれば、当連結会計年度の連結損益計算書に計上された652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額は、前連結会計年度に計上されるべきであった。」

 この結果、PwCあらた監査法人は、東芝の連結財務諸表は、この点を除き適正であるとしています。すなわち、「限定付き適正意見」を表明したということになります。

 6,522億円はかなり大きな金額です。この期末の東芝の純資産は2,757億円のマイナスです。すなわち債務超過です。また当期純利益は9,656億円です。これらの金額と比較してこの6,522億円は非常に大きな金額であることがわかります。

 特に監査報告書には「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」と記載されており、「相当程度〜6,522億円」と金額が特定されていません。このあたりの書き方は、監査法人としては非常に苦労したのだと思います。「相当程度」というのは6,522億円の半分以上のように読めます。このような場合、監査法人は影響額を特定するのが普通ですが、何らかの事情により「範囲」で示したのだと想像されます。
 
 監査報告書に記載された「前連結会計年度に計上されるべきであった。」という点も注目しなければなりません。当期の連結財務諸表が「相当程度〜6,522億円」間違っているのですが、それは前期に計上すべき損失金額が当期に計上されているため、という意味になります。
 ということは、連結損益計算書では、最大6,522億円、当期純損失が減少して、前期の当期純損失が増加するということです。ただし、連結貸借対照表では、その6,522億円の損失が前期に計上されていても、当期に計上されていても、当期末から見たら同じです。すなわち、当期の連結貸借対照表は間違っていないということになります。言い方を変えると当期末の債務超過額の2,757億円は適正ということになります。

 前期末の純資産は6,722億円ですので、これが全額前期に計上されたら純資産は200億円となります。結果として、前期は債務超過にはならず、2年連続債務超過ではないスレスレのところです。もし、この金額が7,000億円であれば、当期末で2期連続の債務超過であると認定されてもおかしくなかったということが言えます。

 ここまで解ったところで、このような場合に、「限定付き適正意見」でよかったのか、「不適正意見」ではないのかという疑問が出てきます。不適正意見と限定付き適正意見の区別は次のようになります。


 ここで、「広範」というのがポイントです。「監査基準委員会報告書705」によれば、「広範」の定義は次のとおりです。

 「広範」-虚偽表示が財務諸表全体に及ぼす影響の程度、又は監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響の程度について説明するために用いられる。
 財務諸表全体に対して広範な影響を及ぼす場合とは、監査人の判断において以下のいずれかに該当する場合をいう。
影響が、財務諸表の特定の構成要素、勘定又は項目に限定されない場合
影響が、特定の構成要素、勘定又は項目に限定される場合でも、財務諸表に広範な影響を及ぼす、又は及ぼす可能性がある場合
虚偽表示を含む開示項目が、利用者の財務諸表の理解に不可欠なものである場合

 東芝の場合は、問題となる項目が限定されていますので、「② 影響が、特定の構成要素、勘定又は項目に限定される場合でも、財務諸表に広範な影響を及ぼす、又は及ぼす可能性がある場合」に該当します。しかし、この文章には「広範」が使われています。「広範」の定義なのに同じ言葉をその中に使ったら意味不明になります。

 この文章を読んで、監査法人はかなり悩んだことだろうと推察されます。この②の「広範」は一般用語の「幅広く」という意味とも考えられます。そうすると、東芝の場合は、「非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)」の計上がくが間違っているという点だけですので幅広くはなく、また当期末の連結貸借対照表には影響のない問題ですので、「広範」には該当しないため、「限定付き適正意見」を表明できる、と考えることができます。

 このPwCあらた監査法人による監査意見は、当期の連結財務諸表に対する監査意見ですが、前期が間違っているということが書かれており、その間違っている金額は「相当程度〜6,522億円」ということになります。

 前期の連結財務諸表に対する監査は新日本監査法人が実施しました。新日本監査法人としては、「あんたの監査した連結財務諸表は『相当程度〜6,522億円』間違ってるよ」とPwCあらた監査法人に言われてしまった、ということになります。
 
 新聞報道では、監査は限定付き適正意見でクリアしたので、東芝の次の課題は、半導体事業を売却して今期末に債務超過から抜け出す点に焦点が移った、としています。しかし、監査法人の問題が残っているということではないでしょうか。これを新旧監査法人間の見解の相違として片付けることができるかについては、疑問に残るところです。


2017年8月10日木曜日

東芝の監査報告書「速報(その1)」

  今日提出された東芝の有価証券報告書の提出により、PwCあらた監査法人から受け取った監査報告書が明らかになりました。第1四半期報告書も同日に提出されました。どちらの監査報告書も「限定付き適正意見」となっています。限定付き適正意見がどんなものか世の中に知られることになりました。 NHKはこれを「おおむね妥当」とし、日経は「条件付きながら『お墨付き』を得た」としました。我々専門家は、おおむね妥当は「適正意見」を指すと理解していますので、NHKの表現は頂けません。

 それはそうとして、非常に長い監査報告書ですので、何回かに分けて検討してみましょう。
有価証券報告書の監査報告書は連結と単体の両方の財務諸表に対して提出されます。筆者は、単体財務諸表の公表は、混乱を招くだけなので、止めたほうが良いと思っていますが、日本では依然として有価証券報告書に親会社単体の個別財務諸表含まれています。
 連結財務諸表に対する監査報告書を見てみましょう。<財務諸表監査>と<内部統制監査>に全体が分かれています。内部統制監査はいわゆるJ-SOXです。今回の東芝の内部統制監査の監査意見は非常に珍しい「不適正」となっています。これについては、後日ご説明します。
 
「<財務諸表監査>
 当監査法人は、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に基づく監査証明を行うため、「経理の状況」に掲げられている株式会社東芝の2016年4月1日から2017年3月31日までの連結会計年度の連結財務諸表、すなわち、連結貸借対照表、連結損益計算書、連結包括損益計算書、連結資本勘定計算書、連結キャッシュ・フロー計算書、連結財務諸表に対する注記及び連結附属明細表について監査を行った。」

>>この部分は、監査根拠条文と監査対象となる連結財務諸表を記載する部分で範囲区分と呼ばれます。どの会社も同じような記述になっています。

「連結財務諸表に対する経営者の責任
 経営者の責任は、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」第95条の規定により米国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して連結財務諸表を作成し適正に表示することにある。これには、不正又は誤謬による重要な虚偽表示のない連結財務諸表を作成し適正に表示するために経営者が必要と判断した内部統制を整備及び運用することが含まれる。
監査人の責任
 当監査法人の責任は、当監査法人が実施した監査に基づいて、独立の立場から連結財務諸表に対する意見を表明することにある。当監査法人は、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査を行った。監査の基準は、当監査法人に連結財務諸表に重要な虚偽表示がないかどうかについて合理的な保証を得るために、監査計画を策定し、これに基づき監査を実施することを求めている。」

>>この部分は、変な日本語ですが「二重責任の原則」と呼ばれる内容で、連結財務諸表の作成責任と監査人の責任を記述する部分です。東芝は米国会計基準を採用していることがここでわかります。監査人の監査基準は米国基準ではなく日本基準であることもわかります。二重責任の原則というのは本来は「責任分離の原則」と呼んだ方が良いと遠い昔に監査論の先生に教えてもらいました。財務諸表作成は経営者の責任、監査は監査人の責任ということです。標準文言が決まっており、その通り記載されているだけです。あまり気にせず進みましょう。

 「監査においては、連結財務諸表の金額及び開示について監査証拠を入手するための手続が実施される。監査手続は、当監査法人の判断により、不正又は誤謬による連結財務諸表の重要な虚偽表示のリスクの評価に基づいて選択及び適用される。財務諸表監査の目的は、内部統制の有効性について意見表明するためのものではないが、当監査法人は、リスク評価の実施に際して、状況に応じた適切な監査手続を立案するために、連結財務諸表の作成と適正な表示に関連する内部統制を検討する。また、監査には、経営者が採用した会計方針及びその適用方法並びに経営者によって行われた見積りの評価も含め全体としての連結財務諸表の表示を検討することが含まれる。 
 当監査法人は、限定付適正意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断している。」

>>先ほどの監査人の責任の続きの記述です。実施した監査手続が記載されています。ここまでが標準文言であり、問題はその次です。

「限定付適正意見の根拠
 会社は、特定の工事契約に関連する損失652,267百万円を、当連結会計年度の連結損益計算書において非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)に計上した。
 しかし、当該損失の当連結会計年度における会計処理は、米国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠していない。当該損失が適切な期間に計上されていないことによる連結財務諸表に与える影響は重要である。」

>>公認会計士協会は、監査報告書の文例を会員である公認会計士に示していますが、これは文例12に従って記述されています。「意見」より前に「根拠」が記載されているのには違和感があるかもしれませんが、これが文例どおりとなります。
 まず「6,522億円を『非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)』に計上した。」となっています。当期の連結損益計算書を見ると「非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)」という項目があり、一行で12,801億円の損失が計上されています。注記の「4.非継続事業」を見るとその内訳が記載されています。ウェスチングハウスののれん減損額は7,316億円になっています。監査意見では、総額12,801億円の中に含まれる損失6,522億円が問題だとしています。その損失が適切な会計期間に計上されていないと言っています。
 
 「注記28.「企業結合」に記載されているとおり、会社の連結子会社であったウェスチングハウスエレクトリックカンパニー社(以下、「WEC」という。)は、20151231(米国時間)CB&Iストーン・アンド・ウェブスター社(以下、「S&W社」という。)を取得したため、会社は2016年3月31日現在の連結財務諸表を作成するにあたり、Accounting Standards Codification(以下、「ASC」という。)805「企業結合」に基づき、取得した識別可能な資産及び引き受けた負債を取得日の公正価値で測定し、取得金額を配分する必要があった。
 ASC805は、公正価値の測定が完了するまでの期間中の決算期末においては、暫定的な見積りにより識別可能資産及び負債を計上することを要求している。また、ASC805は、公正価値による測定及び取得金額の配分を取得日から1年以内に最終化することを認めている。」

>>ここでは、ウェスチングハウスがSW社を買収した時に、東芝が採用した米国会計処理基準のことが記載されています。これは単に会計基準の説明なので何が起こっているかわかりません。

 「会社は、2016年3月31日現在の工事損失引当金の暫定的な見積りに、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用していなかった。会社が、工事損失引当金について、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用して適時かつ適切な見積りを行っていたとすれば、当連結会計年度の連結損益計算書に計上された652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額は、前連結会計年度に計上されるべきであった。これらの損失は、前連結会計年度及び当連結会計年度の経営成績に質的及び量的に重要な影響を与えるものである。」

 だんだん核心に迫ってきました。「工事損失引当金の暫定的な見積りに、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用していなかった」ことから、「6,522億円のうちの相当程度ないしすべての金額は、前連結会計年度に計上されるべきであった。」ということでした。すなわち、ウェスチングハウスがSW社を買収した時のSW社の公正価値の計算上、工事損失引当金が少なく算定されていました。その工事損失引当金に相当する損失が当期になって計上されていますが、その相当程度ないし全額は前期に計上すべき損失だった、と記述されています。
 言い方を変えると、ウェスチングハウスがSW社を買収した時に公正価値の計算をして、買収額との差額を「のれん」に計上するのですが、その「のれん」がそもそも少なく計上されていたということになります。東芝は、当期中に「のれん」を増額し、同時にそれを減損するという会計処理を第3四半期決算で行なっていますので、そのことを指しているものと考えられます。

  「会社が、2016年3月31日現在の連結財務諸表を作成した時点(以下、「前期決算の当時」という。)において、利用可能であったが、工事損失引当金の暫定的な見積りに使用しなかった情報には次のようなものがある。
 工事原価の発生実績が当初の見積りを大幅に超過していたが、この実績が将来の工事原価の見積りに反映されていなかった。また、取得のための調査を行った専門家が工事原価見積りを分析した際、見積りに使用された生産性を達成できないことや建設工事スケジュールを遵守できないことによるコスト増加のリスクを識別したが、これらは暫定的な見積りに反映されておらず、さらに、WECが契約により提出要求されていたS&W社の最終の貸借対照表の分析に使用した生産性に関する仮定は、暫定的な見積りに使用した仮定と整合していなかった。」

>>そもそも、SW社買収時点で知り得なかった情報が当期になって分かったということであれば、問題なかったと考えられるのですが、「2016年3月31日現在の連結財務諸表を作成した時点において、利用可能であったが、工事損失引当金の暫定的な見積りに使用しなかった」と明言されています。買収時に分かっていた情報を利用せず、公正価値を大きめに(工事損失引当金を少なく)算定したということになります。この後、監査報告書は続きますが、前期の純損失額が過小になっており、その最大額が6,522億円であり、その場合には当期純損失が同額過大になっているというようなことが記載されています。